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イスラエル最新情報

更新:2013年10月11日


オリーブ山便り 2013.10.8
 
1.ラビ・オバディア・ヨセフ死去 2,シリアで化学兵器処理開始 3.エジプトで治安部隊とムルシ派衝突50人死亡
 
■ラビ・オバディア・ヨセフ死去
 
イスラエルのスファラディ系チーフ・ラビとして、また引退後も、霊的政治的にも絶大な影響力を持っていたラビ・オバディア・ヨセフ(93)が7日午後、心不全、腎不全で意識不明のまま、エルサレム市内の病院で死亡した。
 
葬儀はその日の夕方6時から、エルサレムのユダヤ教徒居住区メア・シャリームで始まった。全国から急遽、バスを連ねて黒服の正統派ユダヤ教徒たちが参列。地元紙によるとその数、85万人(総人口の1割)。
 
<イスラエル史上最大の葬儀>
 
エルサレム北部の交通網は午後3時すぎにはすでに遮断され、市内北部はほぼ麻痺状態。バスも停止。ユダヤ教居住区から中央バスステーションにかけては歩行者のみとなり、人々が続々と葬儀の方向へと歩いていた。
 
女性はあまり近づいてはいけないということで、女性たちの群れはイシバから遠く離れたところに子どもたちを連れて立っていた。しかし、中心部分に近いところにも女性が見えたので、進んで行ってみた。
 
葬儀自体はイシバ(ユダヤ教神学校)で行われていたが、通りに集まって立っている群衆にも聞こえるよう、その様子がスピーカーで流されていた。
 
父、オバディア・ヨセフの後をついでスファラディ系チーフラビとなった息子のラビ・ダビデ・ヨセフがおいおいと泣きながら祈りをささげているのが聞こえた。群衆はその声を聞きながら、別に泣いているわけでもなく、ただ無表情に立っている。時々ラビの祈りに応答するようにいっせいに神への祈りをささげていた。。
 
女性たちは道路脇。この大群衆の中でも、たくましくベビーカーをおして、乳幼児を連れている。女性どうし、談笑しながら、子どもたちにお菓子を与えたりしている。中には祈祷書をひらき祈っている人もいた。
 
葬儀はまる2時間。群衆が動き出したのでついていくと、イシバからラビの遺体を乗せた車が出てくるという。押し合いへしあい、通りの両端の壁の上には男性たちがぎっしり立っている。
 
人がぎっしりになっているところへ車が数台出てきた。しかも対向車。警察や兵士が、叫びながら人々を車から引き離そうとするが、群衆はまったく聞く様子もなく、車の周辺にぎっしり状態。突然車がバックしてきた。押し合いへし合いから、押しくらまんじゅうに。将棋倒しの恐れがあった。ただ笑っている人もいて、不思議な空気だった。
 
しかし、ふと気がつくと回りは全部黒服の正統派の男性。ある男性は壁の方へ行きなさいと親切に言ってくれたが、「つまみだせ」と言われ、兵士が誘導してくれて、なんとか脱出できた。
 
あちこちに救急車が待機している。その屋根の上や電信柱のようなところに靴や帽子が山積みになっていた。後で新聞を見ると、群衆に押されてなぜか靴をなくした人が大勢いたらしい。
 
やがて群衆のうちの男性だけが、埋葬の現場、墓地へと流れていった。女性はあまり近づかないというのがラビへの敬意なのだと近くに立っていた女性が教えてくれた。
 
ここであきらめて帰途についたが、中央バスステーションでは、帰宅する正統派たちのための臨時バスがぎっしり。おかげで通常の市内バスが走らなくなっていた。
 
とりあえず町まで行ってみたが、通常は世俗派でにぎわう中心部がほとんどがらがら。わずかに開いているファラフェル屋で食べているのは正統派ばかりだった。町が麻痺する前に、一般の人々は家に帰っていたようだった。
 
かろうじて走っているバスをのりつぎ、最終的には歩いて、自宅についたときには12時をまわっていた。
 
<ラビ・オバディア・ヨセフ>
 
ラビ・オバディア・ヨセフは、律法を現代に適応するエキスパートとして、ユダヤ教正統派の間では、モーセのように尊敬されているラビ。多くの家庭や店舗などで彼の写真を見かける。
 
ラビ・オバディア・ヨセフは、イラクのバグダッド生まれのスファラディー(アラブ諸国からのユダヤ人)。4才で家族と共にイスラエルに移住し、20才でラビとなり、一時はエジプトのカイロのチーフラビも務めた。
 
イスラエルでチーフラビになったのは1973年、53才の時。この年のヨム・キプール戦争で生死がわからないまま行方不明になった兵士の妻が、離婚手続きをしないで再婚する許可をだしたことで有名。
 
またエチオピアのユダヤ人を律法に基づいて正式にユダヤ人と認め、イスラエルへの移住を可能にしたのもラビ・オバディア・ヨセフである。
 
1984年には、ユダヤ教正統シャスを設立。正統派ユダ教徒の社会的な存在感を政界で確立した。ラビ・オバディア・ヨセフは、いわばユダヤ教会では今世紀最大のカリスマ的存在というところだった。
 
シャス党は現在、党首争いがあり、ラビ・オバディア・ヨセフによってデリ氏とイシャイ氏の二人が立てられている。ヨセフ師亡き今、デリ氏は「私たちは孤児だ。これから誰が導いてくれるのか。」と泣きながら語った。今後のシャス党の動きが注目される。
 
*過激発言のラビ
 
ラビ・オバディア・ヨセフは、過激な発言でも有名だった。「ホロコーストで殺害されたユダヤ人は、罪人の生まれ変わりだったから罰を受けた。」「アメリカで大災害だったハリケーン・カテリーナに関して、”ガザからユダヤ人を追い出した罰だ”」など。
 
■シリアの化学兵器処分作業開始
 
アサド大統領が提出した化学兵器のリストに基づき、OPCW(化学兵器禁止機構)がシリア入りし、10月7日から化学兵器の処理作業を開始している。
 
ケリー国務長官は、よいスタートが切れたとして、アサド大統領が国際社会の要請によく応じていることを評価するコメントを出した。
 
しかし、こうした国際社会の動きに対し、反政府勢力は、「アサド政権にシリア市民を殺す時間を与えているだけだ」として反発している。実際、処理作業が行われている周辺地域でも、戦闘が続けられており、危険な状態。
 
<解決の見えない内戦>
 
先日、以前EUで働いていたイギリス人の友人が、「シリア問題のすべてのことが何かおかしい。」と言っていた。化学兵器を返上したことで、アサド大統領自身の罪状は棚上げになっているからである。
 
アサド大統領は、サリンで自国民を1400人も死亡させた。アメリカは証拠をあげてアサド政権の犯行だと断定したのである。
 
それ以前にも、アサド大統領は、国を内戦においやり、自国民10万人以上を死亡させ、周辺諸国に210万人もの難民を出して、迷惑かけまくっている。その罪と責任の大きさは計り知れない。
 
それが、化学兵器を返上したことでうすまってしまったかのようになっている。反政府勢力やシリア難民が反発するのも理解できるのである。
 
しかし、だからといって、アサド大統領が失脚し、代わりに反政府勢力にいるアルカイダが台頭してくるのはもっと悪い。アサド大統領かアルカイダか。この2者以外の選択が今のところみつからないのである。だからアサド大統領を容易に排除できないのだ。
 
国際社会も、化学兵器だけが解決でないことはよくわかっている。国連によると、210万人もの難民を養う限界がもう目前だという。難民を餓死させるのか。ともかく一日も早くシリアの内戦を終結させなければならない。
 
ケリー国務長官らは11月には、新しい政府樹立をめざしたシリア平和会議をジュネーブで行うと行っているが、シリアで戦っている双方とも悪の限りをつくして、憎みきっているので、会議の実現はまだまったく見通しがたっていない。
 
■エジプトで治安部隊とムルシ派衝突:50人死亡
 
エジプトでは6日、暫定政権の治安部隊と親ムルシ派が激しく衝突し、カイロで40人、10人は全国で勃発した衝突で50死亡した。その後、シナイ半島南部のリゾート地にいた治安部隊をねらったとみられる爆弾テロで3人が死亡。全国で昨日だけで9人が死亡した。
 
超過激なイスラム主義者サラフィフィストの犯行。


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